東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2178号 判決 1969年3月11日
被控訴人 第一銀行
理由
当裁判所の判断は、次のとおり附加するほか、原判決理由記載と同一であるからこれを引用する。当審における控訴人長谷川喜代多本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく信用し難く、当審証人富田清三郎の証言その他丙号各証をもつてしても未だ右認定を左右するに足らない。
およそ預金契約においてその当事者の一方が他方が単数人であるか複数人であるかを知らないということは考えられない。契約の意思表示をする者が自己のみを当事者とする趣旨なのか自己のほか他の者をも当事者とする趣旨なのかは、もつぱらその意思表示によつてきまることであるから(心裡留保は問題とならず、錯誤もこの場合関係がない)、他方の当事者のなん人であるかは、その意思表示を受ける一方の当事者の当然に知りうることであつて、これを過失なくして確知しえない場合は生じえないのである。このことは、本件のごとく当座預金口座の開設に伴い預金者からその印鑑届を銀行に提出するにあたり、預金者の印鑑のほかに副印として他の者名義の印鑑を届け出た場合であつても同様である。預金契約の当事者が複数人である場合には、その印鑑届においても複数人の印鑑を正副の区別なく併列的に押捺するを通常とすべく、複数人の一人の印鑑を正印とし、他の一人の印鑑を副印とすべき合理性はないから、預金者から右の複数人を預金当事者とする旨の意思表示がなされる等特段の事情の認められないかぎり、正印の押捺者のみが預金者であつて、副印の名義人はたんに預金当事者が預金の払い戻しをするに際しその同意を経ることを要する趣旨においてその印鑑を届け出たものであり、銀行の預金の払い戻しはその請求書に預金者の正印のほか副印も押捺されている等副印押捺者の明確な同意がある場合に限ることを了承した趣旨であると解すべきものである。本件においては原判決認定のごとく、控訴人長谷川名義の副印届出その他の資料によつても、同控訴人も本件当座預金契約の当事者であることの特別事情はこれを認めることができないから、被控訴銀行としては当然に被控訴人山本をもつて本件当座預金契約の当事者とみるべく、その権利者のなん人であるかを過失なくして確知しえないものということはできない。預金のためその資金を出捐した者が預金者と異る事実は、資金出捐者と預金者との内部関係にすぎず、預金者を決する基準となりえないことは当然である。届出印、小切手帳、当座勘定入金通帳の保管者が預金者と別人であり、その同意をえなければ預金の払い戻しができないという事実も、預金者のなん人かを決するには無縁である。
よつて、控訴人らの本件控訴をいずれも理由のないものとして棄却……。